東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)135号 判決
一 請求原因事実中、本願発明につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。
二 原告は、取消事由として、審決の理由中、本願発明の構成要件Ⅲ(検出装置)と第一、第二引用例の各検出器との対比判断の誤りを主張するものであるので、これについて検討する。
1 検出時期について
本願発明の構成要件Ⅲには、検出時期について「インパルスが加工間隙に印加された時に加工間隙の正常と異常とを判別検出する」とあるのみであるが、発明の要旨中その余の部分には「……インパルス電源から間歇的なインパルスを供給して……」及び「……加工間隙の異常が検出された時にその検出信号により……」の文言があり、また、成立に争いのない甲第五号証(本願発明の特許公報)によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、発明の概要として「本発明は、加工用電極と被加工物間の加工液が介在する加工間隙で放電が行なわれるごとに、その放電初期において前記加工間隙が正常であるか否かを検出し、前記加工間隙が電極・被加工物の直接接触により短絡していたり、前の放電により生成された電極・被加工物の放電屑の介在により加工間隙の一部が微小短絡状態もしくは間隙の一部が前記放電屑の堆積により間隙が著しく狭くなる等の疑似短絡状態等の異常状態にある場合には、加工間隙に並列に設けた常開開閉素子により加工間隙を短絡せしめ放電インパルスを側路するようにした放電加工装置に関する。」との記載(第一欄第二三行ないし第三四行)及び発明の目的として「本発明の目的は、これらの欠点を取り除くために、電極と被加工物間の加工間隙にインパルスが供給もしくは生成した時に加工間隙が異常状態にあれば、生成もしくは供給インパルスの初期のうちに加工間隙を並列回路によつて短絡することによりインパルスを側路するよう構成し、これによつて、加工間隙が正常状態にある時のみに、生成もしくは供給インパルスにより加工間隙で所定パルス幅、振幅、デユーテイフアクタの短アーク状放電を行ない、所定の設定条件内の電極消耗割合の加工を確実に保持するとともに、電極・被加工物の損傷を防止し、所定精度内の放電加工が行なわれるようにすることである。」との記載(第三欄第一七行ないし第二九行)があることが認められ、これらの文言及び記載を総合すれば、前記の「インパルスが加工間隙に印加された時」とは、間歇的なインパルスが印加されるそのつどの「時点」を指すことが明らかであり、したがつて、本願発明の検出装置は、一発一発のインパルスが印加されるごとに加工間隙が正常か異常かを検出する構成であるというべきである。
これに対し、第一引用例の検出器がそのような構成を備えていないことは、被告の明らかに争わないところである(審決も、そのことを当然の前提として、予備的に第二引用例の検出器との置換について言及している。)。
そうすると、本願発明の検出装置が第一引用例の検出器を包含するとした審決の判断は、原告のその余の主張に触れるまでもなく、誤りであるといわざるをえない。
2 第二引用例の検出器について
次に、第二引用例の記載内容が「または異常状態」とある箇所を除いて審決認定のとおりであることは、原告の認めるところであり、成立に争いのない甲第三号証(第二引用例)によれば、第二引用例には次の各記載があることが認められる。
(イ) 「この回路は加工間隙の異常な低電圧状態を検出するための短絡検出回路を具備しており、便宜上毎パルス遮断装置と呼ばれている。」(第七欄第二五行ないし第二八行)
(ロ) 「もし短絡が発生するか、または電極100と被加工体101の間の間隙電圧があらかじめ定められた値以下になると、ゲートはカソードに対し正にキーされ、制御整流素子171は直ちに導通する。この状態は加工間隙間の短絡または望ましくない低加工電圧に対応するものであり、加工間隙への電力供給は遮断されねばならない。」(第七欄第五四行ないし第六一行)
(ハ) 「毎パルス遮断回路は即時に応答し、かつ、上記の新規な開閉回路を応用すれば、各加工電力パルスを電子的に検査できるようになる。加工間隙における良好な加工は大約一五ボルト以上で行なわれるので、このキーイングレフアレンスのレベルを適宜に設定すれば、一五ボルトまたは他の所望の電圧よりも低い間隙電圧を有するパルスは、即時に毎パルス遮断回路により遮断されることになる。」(第九欄第一行ないし第九行)
(ニ) 「個々のアークパルスを電子的に検査して、もし装置に欠陥あるいは望ましくない状態が個々のパルス間に発生するならば、即時に防止され遮断される。さらに、欠陥パルスまたは個々のパルスの欠陥部分だけカツトオフするように改良された。」(第一一欄第六七行ないし第七三行)
これらの記載を総合すれば、第二引用例の検出器(毎パルス遮断装置と称される。)は、加工間隙の短絡または望ましくない低加工電圧等の異常状態を検出するものであること及びその異常状態の検出は、パルスが加工間隙に印加される時、すなわち、一発一発のパルスが印加されるごとに、加工間隙が正常か異常かを判別する機能を有することが認められ、さらに、第二引用例のパルスは、加工間隙に印加される加工用のものであることからみて、本願発明におけるインパルスに相当することが明らかである。
3 検出対象について
ところで、原告は、本願発明の検出装置は、加工電圧の降下不足という異常状態を検出するものであつて、第二引用例の検出器の検出対象とは本質的に異なる旨主張する。
しかし、まず、本願発明の要旨には「……加工間隙の正常と異常とを判別検出する装置」とか「……加工間隙の異常が検出された時に……」とかの文言があるだけで、その異常がいかなる状態を指すかについては何ら特定されていない。そこで、明細書についてみるに、前掲甲第五号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、1において認定したような「発明の概要」に関する記載があつた後、従前の放電加工における欠点として「このようなインパルスの供給が、放電加工間隙において電極と被加工物が直接接触により短絡状態もしくは直接接触寸前の疑似短絡状態にあつたり、前の放電によつて生成された電極・被加工物の放電屑、加工液の炭化等によるタール状屑が介在することにより加工間隙の一部が微小短絡状態もしくは前記放電屑等の介在堆積等により間隙の一部が著しく狭くなる等の疑似短絡状態等の異常の時に行なわれると、……好ましくない結果を生ずる。」との記載(第三欄第四ないし第一六行)があり、さらに、これを受けて「本発明の目的は、これらの欠点を取り除くために……」との先に認定した「発明の目的」に関する記載があることが認められる。これらの記載からすると、本願発明の検出装置が検出対象とする異常状態とは、右に摘示したような、加工間隙が電極と被加工物の直接接触により短絡している状態、放電により生成された電極、被加工物の放電屑の介在による加工間隙の一部の微小短絡状態もしくは加工間隙の一部が前記放電屑の堆積により間隙が著しく狭くなる等の疑似短絡状態等の加工間隙に関する種々の不良状態を広く総称したものであつて、そのうちの特定の異常状態だけに限定したものではないといわざるをえない。もつとも、右甲号証によれば、前掲発明の詳細な説明の項における実施例に関する説明と図面第1ないし第5図をあわせると、右各図に記載された検出器が検出対象とする異常状態は、微小短絡状態もしくは疑似短絡状態における加工電圧の降下不足を指していることがうかがえるけれども、それらはいずれも本願発明の一実施例を示すものであつて、その実施例の態様をもつて本願発明の構成要件が限定されていると解すべき理由は全く存在しない。
したがつて、本願発明の検出装置をもつて、加工電圧の降下不足という特定の異常状態を検出するものであるとする原告の主張は、これを採用することができない。
4 審決の予備的判断について
審決は、本願発明の検出装置がインパルスごとに異常状態を判別するものとしても、なお、第一引用例の検出器と第二引用例のそれとを置換することに困難性がないものと判断する。
そして、2、3において判断したところから明らかなように、本願発明の検出装置は、その検出対象に格別の限定がないのであるから、第二引用例の検出器が検出する異常状態もこれに含まれるものであり、また、一発一発のインパルス(またはパルス)が印加されるごとに加工間隙の異常状態を検出する点においても、右検出器と異ならないものである。
原告は、審決の右判断が誤りであると主張するが、それは、専ら、両者の検出対象たる異常状態が異なることに基づくものであるが、その前提がすでに成立しない以上、他に特段の主張立証のない本件においては、審決の右判断に誤りがあるということはできない。
5 以上のとおりであつて、審決の本位的判断中には原告主張のような誤りはあるが、これを補うべき予備的判断において正当であるから、結局、第一、第二引用例との対比上本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
I 電極と被加工物とが相対向して形成する加工間隙にインパルス電源から間歇的なインパルスを供給して加工を行なう放電加工装置において、
Ⅱ 前記加工間隙に並列に常開状態の弁作用開閉素子を加工間隙に印加されるインパルスの向きに設けるとともに、
Ⅲ 前記インパルスが加工間隙に印加された時に加工間隙の正常と異常とを判別検出する装置と、
Ⅳ その検出装置によつて加工間隙の異常が検出された時に、その検出信号により前記弁作用開閉素子を導通して前記印加されたインパルスを側路短絡するよう前記開閉素子を制御する制御装置とを、設けて成ることを特徴とする放電加工装置